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登窯「本業窯」

のぼりがま ほんぎょうがま

やきものを焼くための窯で、丘陵の斜面に沿って部屋(焼成室)を階段状に並べています。桃山時代に朝鮮半島から伝わり、江戸時代から昭和初期まで、やきものの焼成には欠くことのできない存在でした。

この登窯は「本業窯」と呼ばれる、江戸時代後期以降の陶器を焼くための大規模な形式です。幅7m、部屋の最も高い部分は2m余り。このミュージアムの裏山(現「洞・窯跡の杜」)にあった13連房の「奥洞窯」が1948年に解体された後、その材を使い、4連房で再構築しました。最盛時には1年4~5回のペースで、1979年まで焚いていました。

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縦狭間(たてざま)  焼成室と焼成室の間には炎の通り道「狹間(さま)」が設けられています。この狹間を通して、下の部屋で焼成が行われている間に余熱が入り焼成が進んでいきます。瀬戸と美濃(岐阜県)の登窯の特徴は、狹間が縦になっていることです。狹間が縦になると炎は垂直に立ち上がり、大きな部屋に炎をめぐらすことができます。大きなものを大きな部屋で大量に焼くための構造です。

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前の部屋から来た炎が噴出する、狭間穴(さまあな)。縦のため、穴は垂直になっている。上の部屋の写真の左側の部分。

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部屋のなかをめぐった炎が、次の部屋に行く部分。上の部屋の写真の右側の壁の部分。

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